高齢者と交通事故について

最近、高齢者ドライバーによる悲惨な事故が後を絶たず、大きな社会問題になっています。

運転免許証の自主返納制度を活用したり、強制返納制度の仕組みを導入したりしようなどと盛んに議論されているのはご承知のとおりです。

その一方で、少子高齢化の影響から、高齢者が交通事故に遭う機会が増えているのもまた事実です。

高齢運転者の事故状況について

内閣府の交通安全白書によると、75歳以上の運転者(以下「高齢運転者」といいます。)による死亡事故件数の割合は近年増加の一途を辿っており、75歳未満の運転者と比較して、免許人口10万人当たりの件数が2倍以上も多く発生しています(内閣府「平成29年度交通安全白書」参照)。

これだけ聞くと、高齢運転者が死亡事故を頻繁に発生させているというイメージを持ってしまいがちですが、実は、死亡事故件数それ自体は、例年ほぼ横ばいであり、平成28年度は459件になっています。ちなみに、平成25年度は460件、平成26年度は471件、平成27年度は458件であり、ほとんど同じ件数であることがよく分かります。

つまり、高齢運転者による死亡事故そのものが増えているのではなく、我が国の少子高齢化が急速に進んでいること、すなわち自動車を運転する高齢者が増加したことが、高齢運転者による死亡事故の割合を、相対的に上昇させている背景・要因になっているのです。

高齢運転者の事故原因

高齢運転者による交通事故の人的要因としては、ハンドル操作のミスやブレーキ・アクセルの踏み間違いなどの、①操作不適が最も多く、次いで、②安全不確認、③内在的前方不注意(漫然運転等)の順で多く発生しています。

加齢による情報処理・判断能力・反射神経の遅れといった身体的特性、あるいは認知機能の低下などが、高齢運転者の事故要因の一つになっていることは間違いありませんが、高齢運転者の事故を予防する社会政策論は、ひとまず置いといて、不運にも高齢者が交通事故に遭遇した場合、法的にどのような取り扱いがされるのか、若年者と比較しながら考察していきます。

高齢者が加害者になってしまうケース

高齢者交通事故の責任無能力

まず、若年者と比較してよくあるのが、高齢者が運転中に突然意識不明となり、運転操作が不能となって事故を起こしてしまったような場合です。

老化現象を理由とする、単なる操作ミスであれば高齢者といえど、責任を免れることはできませんが、心神喪失状態にまで陥ってしまうと、民事責任はおろか、刑事責任を問うこともできません。

交通事故を起こしておきながら免責されるなんて納得できないと思われるかもしれませんが、民法713条は、「精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償責任を負わない。」また、刑法39条1項は、「心神喪失者の行為は、罰しない。」と規定していますので、たとえば脳疾患や心疾患などで突発的に意識不明になったときは、免責されることが十分に考えられます。

ただし、高齢者が意識不明になるような持病を以前から抱えていた場合は、そもそも自動車を運転すべきではなく、事故発生について予見可能性・回避可能性があったことになりますから、通常は免責されないでしょう。

高齢者交通事故の運行供用者責任

また、怪我をしたり、死亡したりする事故、いわゆる人身事故の場合、民法709条の賠償責任のほかに、自動車損害賠償保障法第3条の「運行供用者責任」を負担することになりますが、心神喪失といった責任無能力(民法713条)を理由に、この運行供用者責任まで免責されるかは、解釈上争いがあるところです。

ただ、責任無能力者による免責の適用がありうるとしても、運行供用者責任を免れるには、加害者側が、責任無能力に加えて、①被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があったこと、②自動車の構造上の欠陥又は機能の障害がなかったことの二要件を立証しなければなりませんので、高齢者が責任無能力に陥ったとしても、法律的には、運行供用者責任を免れることは難しいといえるでしょう。

高齢者交通事故の過失相殺

次に、高齢運転者の過失相殺(かしつそうさい)について述べたいと思います。

交通事故では、被害者側に過失があったときにはその過失割合を決めて、加害者の賠償額から被害者の過失割合を減額します。これを「過失相殺」と呼びます。

この点について、高齢者の要保護性を強調すれば、過失相殺において斟酌すべきとも思われますが、運転免許証の保有者として公道で自動車を運転する以上、被害者保護の観点から、高齢者と若年者との間に、特別な差異を認めるべきではないという考え方が強く、高齢運転者であるという理由だけで、過失相殺において斟酌されるということは認められていません。

むしろ、医師や家族から運転を控えるように指示・指導を受けたにもかかわらず、高齢者が事故を起こした場合は、過失又は重過失を基礎付ける積極的事実になります。

このように考えると、過失相殺においては、高齢運転者であることは、プラスよりもマイナスに働く場面の方が多いといえるでしょう。

高齢者が被害者になってしまうケース

高齢者が交通事故の遭った場合、実務的には素因減額の話がよく出てきます。

素因減額とは、被害者の身体的・精神的素因が、損害の発生又は拡大に寄与したと認められる場合、賠償額を一定割合減額することによって、事故と無関係な損害を除外することです。

そして、減額の根拠となる「素因」は、一般的に、既往の疾患や身体的特徴などの「身体的素因(体質的素因)」と、被害者の精神的傾向などの「精神的素因(心因的・心理的素因)」に区別されます。

では、たとえば高齢者が交通事故に遭って治療が長引いてしまったときに、このような素因減額が適用されるのでしょうか。

単に高齢者であることを理由に減額されるのはおかしい気もしますし、一方で、体力が低下している高齢者は、若年者と比較して治療が長引き、余計な治療が必要になったりすることがままあるので、これを全く考慮しないのも不公平な気がします。

この点について裁判例を検討すると、単に高齢者であることを理由で素因減額を認めている判示は一つもありません。

すなわち、加齢に伴う通常の体力低下があったとしても、それだけでは素因減額として考慮されないということです。

あくまで、その程度が著しく、かつ、損害の発生・拡大に寄与したと認められる場合でなければ素因減額の対象になりません。

また、高齢者は、若年者と比較して、事故による環境変化やストレス耐性に弱いため治療経過に悪影響を与えると考えられていますが、このような精神的素因(心因的・心理的要因)も、高齢者と若年者との間で通常認められる範囲の差異であれば、これを素因減額の対象とすることはできません。

ちなみに、身体的素因については、「疾患(病気のこと)」と「疾患に至らない変性(本来の性質を失うこと)」があり、一般論として、「疾患」があると素因減額の対象となると考えられています。

しかし、年齢を重ねれば誰でも身体的機能が低下するため、疾患と変性(特に経年性のもの)を明確に区別することはできません。

最終的には、個別的・具体的に判断せざるを得ませんが、一般的な考え方としては、「当該疾患や変性が個体差の範囲を超えて、かつ、公平の理念に反する程度まで損害の発生・拡大に寄与したか否か」、という視点で判断していくことになります。ここでいう「個体差」とは、ある集団における特性の平均的な差異のことです。

たとえば、高齢者が骨粗鬆症の場合において損害が発生・拡大したときに、加齢による骨密度の減少が、年齢相応であり「個体差」の範囲にとどまるのであれば、たとえ骨粗鬆症の診断があったとしても、素因減額は認められないことになります。

また、「個体差」を超える骨密度低下(骨粗鬆症)であったとしても、それが損害の発生・拡大に寄与していなければ、やはり素因減額は認められません。

その他の疾病も考え方は同じであり、「個体差」の範囲を超える疾病・変性があって、それが損害の発生や拡大に寄与したと認められて、初めて素因減額が適用されることになります。

つまり、被害者となった高齢者が、同年代の平均的な高齢者と比較して、特異な疾患・変性を有しているか否か、そして、それが損害の発生・拡大に寄与したか否か、という二重の基準で素因減額の適否を判断していけば良いでしょう。

高齢者交通事故の後遺障害

高齢者が交通事故に遭って後遺障害を負った場合、その損害額の評価には困難を伴うことが多いです。

なぜなら、高齢者は、過去に別事故で後遺症を負っていたり、年齢的に持病(疾患)を抱えていたりすることが少なくなく、元々何らかの障害を持っている可能性が高いからです。

そこへ交通事故の結果、新たに重度の後遺障害が残った場合、損害額の算定においてどの程度考慮すべきかが、「高齢者と後遺障害」の一つの論点となっています。いわゆる、後遺障害の加重の問題です。

主として、後遺障害による逸失利益や慰謝料で争いになることが多いですが、現状、加重障害の算定方法において、公式な計算式はなく裁判例も様々です。

しかし、どんな考え方に立っても、既存の後遺障害部分を何らかの形で控除することは間違いありません。単にその控除の仕方に違いがあるに過ぎません。

私自身は、後遺障害が加重された場合、加重後遺症による等級を前提とした逸失利益・慰謝料から、加重前の既存障害による逸失利益・慰謝料を控除する方法が、単純明快であり、損害の公平な分担に適うと思いますが、深く立ち入ると迷路にハマってしまいますので、この辺で止めておきたいと思います。

高齢者による家事労働について

現在の実務では、家事労働の逸失利益性、つまり、家事労働ができなくなったことによる損害賠償が認められることに異論はありません。

しかし、家事ができなくなったら必ず賠償されるというものではなく、基本的には、他人(同居の親族等)のために家事労働する場合に限り、賠償の対象になります。つまり、一人暮らしの高齢者が事故で身の回りのことができなくなったとしても、残念ながら賠償されないということです。

もちろん、家事労働を行うのは、夫でも妻でも良いですし、家事労働の恩恵を享受するのは、息子、娘、孫でも構いません。さらに、別に家事労働をする人がいたとしても、被害者の家事労働が財産的に評価されるべき労働(第三者を使えばそれなりに費用が掛かると言えるもの)であれば、やはり賠償の対象になります。

ただ繰り返しになりますが、現在の実務では、他人のための家事労働と評価されなければ逸失利益として認められないという現実があります。

高齢者交通事故の慰謝料

交通事故の被害者が受け取ることができる慰謝料は、基本的に「死亡慰謝料」「後遺障害慰謝料」「傷害慰謝料(≒入通院慰謝料)」の3種類です。

そのうえで、高齢者が交通事故の被害者になった場合において、その慰謝料額の算定について、大きく分けて二つの考え方があります。

一つは、高齢者については慰謝料を減額すべきだという考え方、もう一つは、高齢者という理由で慰謝料を減額すべきでないという考え方です。

これについては激しい議論がありますので、どちらが正しいかということは、ここでは踏み込みませんが、裁判例を検討する限り、高齢者の方が若年者と比べて慰謝料額が低額になる傾向は否定できません。実際、多くの裁判例が慰謝料の算定において、高齢者の属性を考慮事情としています。

これは、被害者が死亡したときの「死亡慰謝料」、後遺障害を負ったときの「後遺症慰謝料」いずれも同様です。

ただし、入通院に伴う「傷害慰謝料」については、入通院の期間・日数等によって機械的に算出されるため、高齢者と若年者で差異はほとんどないと言って良いでしょう。

このような説明を聞くと、不公平だと考えられる方もたくさんいらっしゃると思いますし、私自身、精神的苦痛の受け止め方は人によって区々なので、慰謝料の金額は、あくまで事故の状況・怪我の程度といった客観的な状況からのみ公平に判断すべきであり、単なる年齢を理由に区別する合理的理由はないと考えていますが、実務的には、高齢者の慰謝料は低額になることがままあります。

もちろん、若年者と区別していない裁判例もありますし、高齢者だからといって大幅に減額されるわけではないので、高齢者も若年者も、なるべく平等に取り扱おうという前提だと思いますが、裁判所の感覚からすると、やはり未来を奪われたことに対する精神的な補償については、若年者の方が救済の必要性が高いと考えているのでしょう。

このように、高齢者が交通事故の被害者になったときは、若年者と比較して慰謝料の金額が若干減少する可能性があります。

お気軽にご相談下さい。

交通事故には遭わないのが一番ですが、もし交通事故に巻き込まれてしまった場合は、一人で抱え込むのではなく、相談だけでも良いので専門家の意見を聞いてみるようにしてください。

 

 

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